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ハイパー放牧場

ロリ系のエロ漫画を描いてるヒツジンクスのブログです

ガッチャマンクラウズ・インサイトの考察

今期ガッチャマンクラウズ・インサイトの内容が思想・主義の違いによって引き起こされる争いを面白い形で肯定している。


現実主義と理想主義。リベラルと保守。そういった真逆の考え方や在りかたの人たちが激しく議論し合い、それが無意味な争いや悲劇的な結末に繋がってしまうことがある。
それでもそのような失敗を繰り返して学んでいくからこそ、人間は進化していける。愚かながらも着実に前進している。

作中にて、はじめちゃんはガッチャマンの仲間たちが激しく議論し合うとこをみて「キラキラしてる!」みたいな抽象的なことを言ったが、これは衝突による進化を肯定してる。


それに対してゲルちゃんは「みんな一つになればいい。そうすれば争いがない平和な世界になるから」と言っている。
それは争いのない「完璧な世界」に近づく生き方なんだろうが、果たしてそれは「生きてて楽しい世界」なのか?

自己と他者の違いがあるからこそ文化や社会・思想に多様性というものが生じるが、それらの違いによって生じる衝突が悲劇を生むことがある。
それでも省みる―――間違いを再び起こさないようにとあらゆる可能性を模索することで、今までになかった新しい生き方や考え方が発見されることもある。これこそがよりよい明日に生きようとする人間の形――すなわち進化の本質のはず。

映画「ファイトクラブ」で「完璧を目指すな。それよりも進化しよう」というセリフがあり、これは痛みや失敗を恐れて前進を拒む生き方に何の価値がある?という問いかけがあり、これは「殴り合いなどの超自然的状態への回帰」をもってして、本作は進化の本質を説いている。




話をまとめると今期ガッチャマンのゲルちゃんは「完璧」を目指す者で、はじめちゃんは「進化」を目指す者としての対比で描かれていて、どちらが生き方としていいものなのかーっていうのを民意をもって露わにする。
そういうスタンスで話を展開させてくんじゃないかなーと。


あと今現在、安保法案をめぐって右と左とで争ってるが、争い議論し合うからこそ、新しい考え方や見損ねてた利点や欠点が見えてくるわけで「右は氏ね。消えていなくなれば世界は綺麗になる」とかいう人いるけど、たとえ敵対するものがいなくなることで「完璧」へと近づいたとしても「進化」とは程遠いものになるよなーと。

「左氏ね」と言ってる人も同じなわけで、まあ相手を嫌いはするけど、いなくなったらそれはそれで困るはず。


ようするに「仲良くケンカしな」ってヤツなわけで、そのあたり、今期ガッチャマンってすごい旬な話だよなーと思った。


あと、はじめちゃんのオッパイ大きすぎ。ボイイーン。

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  1. 2015/07/26(日) 13:27:15|
  2. アニメ
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